「売掛って、法律で禁止されたんですよね?」。2025年の改正風営法をめぐって、いちばん多い誤解がこれです。結論から言うと、改正法に売掛(ツケ払い)そのものを禁止する条文はありません。掛けで飲ませること自体は、いまも違法ではないのです。
混乱の原因は、法規制と業界の自主規制が同じ時期に重なったことにあります。2024年から歌舞伎町の主要店が進めた売掛の全廃は、業界団体による自主的な取り組みであって、法律が命じたものではありません。一方で法律が新たに禁じたのは、売掛という仕組みではなく、支払わせるための威迫と、料金についての虚偽の説明です。
だから店として考えるべきは「売掛をやめたかどうか」ではありません。誰にいくら掛けているのか、どんな条件だと説明したのか、どうやって回収の連絡をしたのか。この3つが記録として残っているかどうかです。前入金に切り替えた店も同じで、置き換えたから安全ということにはなりません。順に切り分けていきます。
売掛は法律で禁止されたのか
2025年の改正風営法は、令和7年5月28日に公布され、主要な部分が同年6月28日に施行されました。悪質ホストクラブ対策として報道が集中したため、「売掛禁止法」のように受け取られていますが、条文を追っても「売掛を禁止する」「後払いを認めない」という規定は出てきません。
実際に禁じられたのは行為のほうです。客に注文や料金の支払等をさせる目的で、客を威迫して困惑させること。これが罰則つきで禁止されました(法22条の2)。あわせて、料金について虚偽の説明をしたり誤認させたりすること、恋愛感情につけ込んで困惑させる形で遊興や飲食をさせること、注文を受ける前に提供することが遵守事項として定められています(法18条の3)。こちらは行政処分の対象です。
ここを取り違えると、対策の方向がずれます。「売掛をやめたからうちは大丈夫」と考えている店でも、料金の説明が曖昧なままだったり、注文を取らずにシャンパンを開けていたりすれば、それは別枠で遵守事項に触れます。しかも法18条の3の対象は悪質ホストクラブだけではなく、接待飲食等営業全般です。キャバクラもラウンジも同じ土俵に立っています。改正全体で何が変わったかは2025年改正風営法の対応チェックリストに整理しました。
逆に言えば、売掛を残したままでも、威迫せず、条件を正しく説明し、注文を取ってから出しているなら、その一点をもって法に触れるわけではないということです。歌舞伎町の店が次々に売掛を全廃したのは、法律に強いられたからというより、売掛を続ける限り取立ての場面が生まれ続け、そこで一線を越える従業員が出るリスクを断ちたかったからだと理解したほうが実態に近いでしょう。売掛をやめるのは、規制対応というより、事故が起きる場面そのものを店から消す判断です。
禁止されたのは威迫による取立て
核心にあるのは法22条の2です。客に注文や料金の支払等をさせる目的で、客を威迫して困惑させること。ここに罰則がつきました。ポイントは「威迫して困惑させる」の中身が、殴る蹴るの世界に限られないことです。相手が怖がって身動きが取れなくなるような言動であれば、電話でもメッセージでも成立しうる構造になっています。
もうひとつ重要なのが「料金の支払等」という言葉の広さです。ここには、素直な意味での料金の支払いだけでなく、次のものが含まれると整理されています。接客従業者が客に代わって店に料金を支払った場合の、その求償権に係る債務の弁済。つまりホストが立て替えて店に入れ、あとで客から回収する形――現場でいうところの立替え、実質的な売掛です。さらに、支払に充てる金銭の借入れの弁済も含まれます。客に借金をさせて、その返済を迫る形です。
この定義の広さは、実務にそのまま効きます。「店の売掛ではなく、担当が個人的に立て替えただけ」という説明は、規制の外に出る理由になりません。店の帳簿に売掛金として載っていなくても、客から見れば払わされる立場は同じで、法もその形を捉えています。ホストが自腹で入れて後から客に請求する運用は、売掛を帳簿から消す方法にはなっても、規制から逃れる方法にはならないということです。
前入金に置き換えても規制は外れない
売掛をやめた店の受け皿になったのが前入金です。飲む前に金を預かっておけば未収は出ない、という発想は経理としては合理的で、実際に多くの店が移行しました。ただ、法律の側もこの形を織り込んでいます。
「料金の支払等」には、注文する予定の日時や種類を決めていない状態での、いわゆる前入金と呼ばれる財産の預託が明示的に含まれます。いつ・何を頼むかが決まっていないのに金だけ先に預かる形は、支払わせる行為の一種として扱われるということです。したがって、前入金を求める場面で客を威迫して困惑させれば、売掛の取立てとまったく同じ規制がかかります。
「今月まだ足りないから、先に入れといて」という連絡は、売掛の催促より柔らかく聞こえます。しかし言い方が詰めるものであれば、評価は変わりません。売掛から前入金への移行は、未収金という会計上の問題を解決する手段であって、取立ての適法性を解決する手段ではない。ここを分けて考えないと、看板を替えただけで同じ場所に立ち続けることになります。
そのうえで、前入金には売掛にない固有の問題があります。預かった金の管理です。売掛は債権なので回収すれば終わりますが、前入金は預かり金であり、使い切るまで店が残高を負っています。誰からいくら預かって、どの伝票でいくら消化して、いま残高がいくらなのか。ここが曖昧なままだと、「まだ残っているはずだ」「もう使い切っている」の水掛け論になります。売掛の未収管理より、前入金の残高管理のほうが手間としては重いくらいです。
連絡の文面がそのまま証拠になる
抽象論だとピンと来ないので、警察庁が公表した検挙事例を挙げます。飲食料金を支払わせる目的で、SNSに「お前舐めすぎやろ」「家凸ったろかまじ」といったメッセージを送信した従業員が逮捕されています。もう一件、「がんばって今日3万いこう」などと誘惑して、売春による金銭の獲得を要求した事例でも逮捕者が出ています。
この2件から読み取るべきは、送った文言そのものが証拠になるということです。暴力も監禁もなく、スマホの画面に残った短い言葉だけで立件されています。しかも、送った側は消せません。客のスマホにも、サーバーにも残ります。数年前なら「言い方が強かった」で片づいていたやり取りが、いまは証拠物になったということです。
だから店として最初にやるべきは、回収連絡の中身に踏み込むことです。誰が、いつ、どんな文面で連絡しているのか。ここを店が把握していない状態は、担当ホストの言葉づかいひとつに店の営業許可を預けているのと同じです。実務としては、回収の連絡は個人の裁量に任せず、店として文面のテンプレートを決め、送った日時と内容を記録に残す形にします。詰める言葉が出てこない文面を用意しておけば、そもそも事故が起きにくくなります。
回収できなかった分を担当ホストの給与から天引きする慣行にも触れておきます。回収圧力の出どころは、多くの場合ここです。自分の給料から引かれるとなれば、担当は無理な連絡をします。そして雇用の実態がある場合、この天引き自体が労働基準法の賃金全額払いの原則や、賠償予定の禁止と衝突しうる問題を抱えています。詳しくはキャバクラの罰金は違法かで整理していますが、売掛の未収を担当個人に背負わせる設計は、労務と風営法の両面でリスクを溜めます。
売掛を続けるなら決めておく4つ
売掛をやめる判断ができるなら、それがいちばん単純です。ただ、客層や商習慣の事情で完全にはやめられない店もあります。その場合に決めておくことは、上限・期日・説明・記録の4つに絞れます。
上限は、客ごとに金額の枠を決めることです。枠がないと、売掛は膨らむ一方になります。金額が大きくなるほど回収の圧力が上がり、圧力が上がるほど連絡が詰めるものになる。威迫が生まれる根っこは、たいてい「返せない額まで膨らませてしまったこと」にあります。上限は客を守る仕組みであると同時に、従業員に犯罪をさせない仕組みでもあります。
期日は、いつまでに支払うかを客と合意し、その内容を残すことです。「次来たときに」では期日になりません。日付を決めて、決めた日付を店側も客側も同じように認識している状態にします。期日が明確なら、その日までは催促する必要がなく、連絡の回数自体が減ります。
説明は、後払いや掛払いの条件を正確に伝えることです。ここは法18条の3が直接効いてくる部分で、料金についての虚偽の説明や誤認させる説明は遵守事項違反になります。いくらの飲食に対して、いつまでに、どういう形で支払うのか。曖昧なまま飲ませて、あとから金額を告げる運用は、遵守事項の側から問題になります。
記録は、この3つを裏づける材料です。誰に、いくら、どんな条件で、どう説明したか。注文と提供の記録。回収連絡の日時と文面。ここが空白だと、威迫を疑われたときや虚偽説明を疑われたときに、店側から反証する材料がありません。「そんな言い方はしていない」と口で言っても、相手の手元にはメッセージが残っています。同じ土俵に立つには、店にも記録が要ります。台帳に持つ項目と、上限・期日・回収連絡・前入金残高の具体的な運用手順はホストクラブの売掛・前入金台帳のつくり方にまとめました。
回収の正攻法と時効5年
威迫が禁じられたなら、払わない客からどう回収するのか。ここは法的手続きに沿った道が用意されています。
出発点は、支払の合意内容が記録として残っていることです。いくらの債務を、いつまでに支払う約束だったのか。これがなければ、どの手段も使えません。次に期日の管理。期日を過ぎた債権を放置せず、いつから遅れているかを把握しておきます。それでも支払われない場合、内容証明郵便で請求する段階に進みます。ここまでは店でも動ける範囲です。
それでも回収できなければ、裁判所を使います。60万円以下の金銭請求であれば少額訴訟という簡易な手続きが用意されており、それを超える額や争いのある事案は通常訴訟になります。いずれにせよ、証拠として求められるのは同じもの――誰が、いくら、どういう条件で、という合意の記録です。記録がなければ、正攻法のほうが先に詰まります。
そして時効です。金銭債権の消滅時効は原則5年とされています。長いようですが、売掛は「そのうち来るだろう」で放置されやすく、数年が経つと担当が辞めていて経緯を知る者が誰もいない、という状態になりがちです。いつ発生した債権なのかが台帳で分かる状態にしておくと、手を打つべき時期を逃しません。個別の回収方針や、時効の中断・更新の扱いは事案によって変わるため、金額が大きいものは弁護士へご相談ください。
個人口座の預かりをやめる
最後に、実務でいちばん危ういところを挙げます。前入金や立替えの精算をホスト個人の口座で受けている状態です。
これは三重にリスクを抱えます。ひとつ、店の会計記録に残らない。いくら預かっているのか店長が把握できず、担当が辞めた瞬間に残高が分からなくなります。ふたつ、返金交渉が難航する。客が返してほしいと言ってきたとき、金が店にないので店として応じられず、辞めた個人を追うことになります。みっつ、税務でも追えない。店の売上とも預り金とも紐づかない金が個人口座を通っているだけの状態は、後から説明を求められたときに苦しくなります。
対処はひとつで、預かりは店の口座と店の台帳に載せることです。誰から、いつ、いくら入金があり、どの来店でいくら消化して、残高がいくら残っているのか。この4項目を客ごとに持つだけで、返金の話も、担当変更の引き継ぎも、税務の説明もつながります。担当個人のスマホに情報が溜まる構造そのものの危うさは、顧客情報の管理と持ち出しリスクでも扱いました。売掛・前入金は、そこに金銭が乗るぶん影響が大きくなります。
客ごとの残高、設定した上限、支払期日、説明した条件、回収連絡の履歴。この5つを別々のノートやチャットに散らしておくと、必要になったときに揃いません。私たちが顧客台帳システムを作っているのは、ここを一箇所にまとめるためです。来店履歴や担当と同じ台帳に売掛と前入金の残高を並べておけば、膨らみかけた客に店長が先に気づけますし、立入や相談の場でそのまま示せる記録にもなります。いまの管理のどこが不安か、話を聞かせてもらうところからで構いません。
よくある質問
ホストクラブの売掛は法律で禁止されたのですか?
いいえ。2025年の改正風営法に、売掛(ツケ払い)そのものを禁止する条文はありません。禁止されたのは、客に注文や料金の支払等をさせる目的で客を威迫して困惑させる行為で、こちらには罰則があります。歌舞伎町の主要店が2024年から進めた売掛の全廃は、業界団体による自主規制であり、法律上の禁止ではありません。
売掛をやめて前入金にすれば規制の対象外になりますか?
なりません。禁止行為の「料金の支払等」には、注文する予定の日時や種類を決めていない、いわゆる前入金と呼ばれる財産の預託が明示的に含まれます。前入金を求める場面で客を威迫して困惑させれば、売掛の取立てと同じく規制の対象です。
ホストが客の代わりに立て替えた分の回収も規制されますか?
はい。「料金の支払等」には、接客従業者が客に代わって店に料金を支払った場合の求償権に係る債務の弁済が含まれます。店の帳簿に売掛金として載っていない担当個人の立替えでも、その回収を威迫して迫れば同じ規制がかかります。客に金銭を借り入れさせ、その返済を迫る形も含まれます。
どのような連絡が威迫とみなされますか?
個別の判断は事案によりますが、警察庁が公表した検挙事例では、飲食料金を支払わせる目的でSNSに「お前舐めすぎやろ」「家凸ったろかまじ」といったメッセージを送信した従業員が逮捕されています。暴力を伴わなくても、送った文面そのものが証拠になります。回収連絡は個人任せにせず、店として文面と送信記録を管理することをおすすめします。
払ってもらえない売掛は、どう回収すればいいですか?
支払の合意内容を記録に残し、期日を管理したうえで、内容証明郵便による請求、60万円以下であれば少額訴訟、それを超える額や争いのある事案は通常訴訟という順に進むのが正攻法です。いずれの手続きでも、誰に・いくら・どんな条件で貸したかの記録が前提になります。具体的な回収方針は弁護士へご確認ください。
売掛の時効は何年ですか?
金銭債権の消滅時効は原則5年とされています。担当が辞めて経緯が分からなくなると回収が難しくなるため、いつ発生した債権かを台帳で管理し、期日を過ぎたものを放置しないことが重要です。時効の中断・更新の扱いは事案によって変わるため、金額の大きいものは弁護士へご相談ください。
この記事の課題を、システムで解決するなら
誰にいくら掛けているか、店が把握している状態にする
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