「あの人のボトル、まだ棚の右奥にあるわ。ツケも先月から二回分たまってるけど、まあそのうち来るから」。スナックでは、店のいちばん大事な情報がママの頭の中にあります。常連の名前、好み、来る周期、預かっているボトル、たまっているツケ、その人の前で言ってはいけない話題。全部そろっているのに、紙には一行も書かれていない。

けれど、帳簿の話はそんなに難しくありません。ボトルキープは客から預かっている在庫、ツケは回収するべき売掛金です。この二つを台帳にして書き出すだけで、どんぶり勘定と呼ばれている状態の大半は解けます。逆に言えば、この二つが紙に出ていないうちは、どれだけレジを締めても店の本当の数字は出てきません。

大事なのは、全部を一度にやらないことです。ボトル台帳、ツケ台帳、月に一度の棚卸し、常連の来店メモ。この順番で、ノートでもいいので「一つの場所」に集めていく。最後には、それが融資や確定申告で出せる数字になり、店を誰かに引き継ぐときの土台になります。まずは、どんぶり勘定と呼ばれている状態が本当は何なのかから整理します。

どんぶり勘定の正体は記録の分散

スナックの経営で「うちはどんぶり勘定だから」と言うとき、記録がまったくない店はほとんどありません。レジには現金があり、ツケ帳には名前と金額が書かれ、棚にはタグを巻いたボトルが並び、常連のことはママが覚えている。記録はあるのです。ばらばらの場所にあるだけです。

問題は、それを一つに突き合わせる場がないことです。月末に、今月いくら売れて、そのうちいくらが未収で、棚にいくら分の酒が残っているのか。この三つを並べて答えられる店は多くありません。売上はレジの現金にしか出ておらず、未収はツケ帳を全部めくって足し算しないと分からず、在庫は棚を見て「まだあるな」で終わっている。だから、儲かっているのかどうかが感覚でしか分からなくなります。

厚生労働省が出している社交業の振興指針を見ると、この業界は従業者が5人未満の小さな店が79.6%を占めます。少人数だから記憶で回りますし、実際に回ってきました。ただ、記憶で回ってしまうからこそ、記録が分散していることに誰も困らないまま何年も過ぎます。困るのは、いつも後からです。

同じ指針では、経営上の課題として客数の減少を挙げた事業者が96.7%、原材料費等の増加が85.4%、客単価の減少が72.6%となっています。どれも自分の店にも当てはまりそうな話ですが、数字を持っていなければ、いま自分の店で効いているのがどれなのか判断できません。客が減ったのか、単価が落ちたのか、仕入れが上がって残っていないのか。手を打つ場所が違えば、やることも変わります。

そこで、記録を帳簿に変えていく順番を先に決めます。次の順で進めると、途中で挫折しにくくなります。

  • ボトル台帳(誰の・何を・開栓日・棚のどこに・残量・期限)
  • ツケ台帳(誰に・いくら・いつから・何の分か・回収の予定)
  • 月に一度の棚卸しで、台帳と現物を突き合わせる
  • 常連の来店メモ(前回いつ来たか、好み、席の相性)

ボトルとツケが先なのは、この二つが金額のある「物」と「債権」だからです。常連のメモから始めると書くことが多すぎて続きません。物とお金から手を付けます。

ボトル台帳の作り方

ボトルキープは、客が代金を払って買った酒を店が預かっている形です。つまり棚に並んでいるのは、店の在庫ではなく客の持ち物です。他人の物を預かっているのに、何を・いつから・どれだけ預かっているかを書いていない。そう考えると、台帳がないことのこわさが分かりやすくなります。

スナックの場合、キャバクラなどより一本あたりの単価は低くても、預かる期間がとても長いのが特徴です。月に一回来るかどうかの常連が入れた焼酎が、半年、一年と棚に残る。名前を書いた紙が湿気で薄くなり、棚を入れ替えたときに場所が変わり、そのうち「これは誰のだったか」が分からなくなる。ママは覚えていても、手伝いに入った家族やアルバイトには分かりません。

書くことは六つです。誰の、何を、いつ開けたか、棚のどこにあるか、あとどれくらい残っているか、いつまで預かるか。市販のノートに横一行で書けば足ります。一人一ページにすると探すのが大変になるので、行を並べた一覧の形にしてください。棚の場所は「常温棚の下段いちばん右」くらいの粗さで構いません。それだけで、ママ以外の人でも現物にたどり着けます。

残量は「八割」「三分の一」で十分です。数字の細かさより、前回と比べられることが効きます。席に出すたびに残量を書いておく習慣がつくと、「先週は半分あった」と言われたときに、記憶ではなく記録で応えられます。期限の決め方や、期限が切れたボトルの扱いをどう伝えるかといった一般的な整理はボトルキープ管理のルール設計にまとめてあるので、ルールづくりはそちらを参考にしてください。この記事で言いたいのは、ルールより先に、いま棚にある物を全部一覧に書き出すところからだ、ということです。

最初の一回はまとまった時間がかかります。営業前に棚を全部下ろして、一本ずつ名前と銘柄と残量を書く。本数によっては半日仕事です。ただ、これは一度きりの作業で、以後は新しく預かった分を一行足すだけになります。

ツケは売掛金。回収できる書き方

ツケは、貸したお金と同じで、回収するべき権利です。会計の言葉では売掛金と呼びます。呼び方はどうでもいいのですが、権利であるということは、内容が書かれていなければ主張できないということです。誰に、いくら、いつからの分で、何を飲んだ分なのか。この四つが書いていなければ、回収の話も、いつまで請求できるかという話も、始められません。

手書きのツケ帳でよくあるのが、日付と名前と金額だけが縦に並んでいて、払ってもらった分は横線で消してある、という形です。これだと、いま店全体でいくら未収があるのかを出すのに、全ページをめくって足し算するしかありません。だから誰も出さない。結果として、店の未収総額を店の誰も知らないまま何年も続きます。数万円だと思っていたら数十万円だった、という話は珍しくありません。

直し方はそれほど大げさではありません。ツケ帳を「人ごと」ではなく「一行ごと」の一覧に変えます。日付、名前、金額、何の分か、入金があった日、残りいくら。この六列をノートの見開きに引いて、右端の「残り」の列だけを縦に足せば、その時点の未収総額が出ます。月末にその合計を書き留めておくと、増えているのか減っているのかも見えます。

回収は、古い分から声をかけるのが基本です。金額の大きさより、日付の古さを優先します。ツケは時間が経つほど回収しにくくなりますし、法律上も、いつまで請求できるかという期間の考え方があります。何年で切れるかは事情によって変わるため、ここでは断定しません。ただ確実に言えるのは、「いつからの分か」が書かれていなければ、その期間の数え始めがいつなのかすら分からない、ということです。日付を書く。それだけで、後から専門家に相談するときの材料になります。

新しく発生するツケには、店として上限を決めておきます。一人あたりいくらまで、何ヶ月分まで、と決めて、超えたら新しいツケは受けない。ママが一人で判断していると情に流されますが、台帳に「この人はいま3万2千円、二ヶ月前から」と出ていれば、店のルールとして説明できます。断るための道具として台帳を使う、という考え方です。

月に一度、台帳と現物を突き合わせる

台帳を作っても、書きっぱなしだと一年で実態とずれます。月に一度、決まった日に台帳と現物を突き合わせる時間を取ってください。ここが帳簿として機能するかどうかの分かれ目です。

やることは三つです。棚のボトルを台帳と照らして、台帳にあるのに現物がない行、現物があるのに台帳にない本を洗い出す。店の酒の残数を数えて、仕入れた分と出した分が合うか見る。ツケ台帳の「残り」を合計して、先月末からいくら増えたか減ったかを見る。全部で一時間もあれば終わります。

差が出るのは普通のことです。大事なのは、差が出た理由を一行書き足しておくこと。「Aさんの焼酎、期限切れで処分」「開封後にこぼれた分」といったメモが残っていれば、翌月の数字が読めるようになります。差の理由を書かないまま数字だけ直すと、また分からなくなります。

この棚卸しが続くと、仕入れた酒がいくらの売上になっているかも見えてきます。ボトルの本数と仕入れ値、そこから出た売上を並べれば、どの銘柄が店を支えているかが分かる。原価の見方は原価率の計算方法と利益率が下がる原因で整理しているので、仕入れの見直しまで進めたい場合はあわせて読んでみてください。

後継者なし83.1%と、引き継げる店の条件

ここまでは日々の帳簿の話でしたが、記録を残すことの一番大きな意味は、もう少し先にあります。事業承継です。

先ほどの厚生労働省の振興指針によると、社交業の経営者は60歳以上が5割を超えています。内訳は60代が28.5%、70歳以上が24.4%。そして後継者が「なし」と答えた事業者は83.1%にのぼります。十軒のうち八軒以上が、引き継ぐ人を決められていないということです。加えて、東京商工リサーチの調査では、2024年上半期のバー・キャバクラ等の倒産が過去10年で最も多い水準になったと報じられています。

後継者がいない理由は、家族が継ぎたがらないとか、若い人が集まらないといった話で語られがちです。ただ現場を見ていると、もう一つ大きな理由があります。引き継げる形の記録がないのです。

スナックという商売の価値は、常連との関係そのものです。誰がどれくらいの周期で来て、何を飲み、誰と誰は同じ席にしない方がよく、どの話題には触れないほうがいいか。棚にどのボトルが残っていて、誰にいくら貸しているか。これが全部ママの頭の中にあると、ママが倒れたり引退したりした瞬間に、店の資産のほとんどが消えます。残るのは物件と什器だけです。それでは、娘さんが継ぎたいと言っても、常連から見れば別の店になってしまう。買い手を探しても、引き継げるものが何もないので値段がつきません。

逆に、ボトル台帳とツケ台帳と常連の来店メモがそろっていれば、話が変わります。誰に何を預かっているかが分かる。未収がいくらあるかが分かる。半年顔を見ていない常連が誰かも分かる。ここまで書き出されていれば、店は「ママという人」の商売から、引き継げる資産に変わっていきます。常連の来店が途切れる前に気づくための見方は常連客の来店が途切れる前兆にまとめてあります。来店周期のメモは、承継の準備であると同時に、いまの売上を守る道具でもあります。

すぐに誰かへ渡す予定がなくても、記録がそろっていることは今日から役に立ちます。数字が出せれば確定申告で困りませんし、設備の入れ替えや改装で融資を相談するときにも、売上と未収と在庫を並べて説明できます。「帳面はつけてなくて」と言うしかない状態と、一年分の台帳を持っていける状態とでは、話の進み方が違います。

台帳を仕組みにする

ここまでの話は、全部ノートと鉛筆でできます。まずはノートで始めるのがいいと思います。書く項目が体になじむ前に道具を変えても、続きません。

ただ、続けていくとノートの限界も見えてきます。ボトルが増えると期限の近い順に並べ直せない。ツケの合計を出すのに毎月電卓を打ち直す。去年の同じ月と比べたいのに、ページをめくって探すことになる。ママが書いた字を家族が読めない、という素朴な問題も起きます。書くのは続けられても、そこから何かを読み取る作業が重くなっていく。ここが、紙の台帳がだんだん形だけになっていく理由です。

その並べ替えと足し算を引き受けるために、私たちは在庫管理システムを作っています。お店ごとに一から設計するので、スナックであれば、預かりボトルと店の酒を同じ台帳に載せ、常連の名前から引ける形にする、といった作り方ができます。画面に出す項目も、いま使っているノートの列に合わせて決められます。難しい言葉が並んだ画面にする必要はありません。

いまノートに何を書いているか、どこが面倒か。それを聞かせてもらえれば、そのまま画面の形にできます。何から手を付けるべきか決まっていない段階でも構いません。

よくある質問

スナックの経営で、帳簿は何から付ければいいですか?

ボトル台帳とツケ台帳の二つからです。ボトルキープは客から預かっている在庫、ツケは回収するべき売掛金で、どちらも金額のあるものです。この二つを一覧の形で書き出すと、店全体でいくら預かり、いくら未収があるかが初めて数字になります。常連の来店メモはその後で構いません。

スナックボトルキープは、どう管理すればいいですか?

誰の・何を・いつ開けたか・棚のどこにあるか・あとどれくらい残っているか・いつまで預かるかの六つを、一行ずつ並べた一覧にします。一人一ページではなく行を並べる形にすると、探すときも数えるときも早くなります。棚の場所は「常温棚の下段いちばん右」程度の粗さで十分です。

手書きのツケ帳のどこが問題ですか?

集計できないことです。日付と名前と金額が縦に並び、払った分を線で消す形だと、いま店全体でいくら未収があるかを出すのに全ページを足し算するしかありません。日付・名前・金額・何の分か・入金日・残りの六列に変えて、残りの列を縦に足せば、その場で未収総額が出ます。

スナックツケは、どう回収すればいいですか?

金額の大きさではなく、日付の古い順に声をかけるのが基本です。時間が経つほど回収は難しくなり、いつまで請求できるかという期間の考え方もあります。何年で切れるかは事情によって変わるため、まずは「いつからの分か」を台帳に残しておくことが、後から相談する際の土台になります。

新しいツケが増えていくのを止めるには?

一人あたりの上限額と、何ヶ月分までかを店のルールとして決めておきます。台帳に「いま3万2千円、二ヶ月前から」と出ていれば、情ではなく店のルールとして説明できます。断るための材料として台帳を使う、という考え方です。

スナックの事業承継のために、いま何を残しておくべきですか?

常連の情報・預かりボトル・未収のツケの三つです。厚生労働省の社交業の振興指針では、経営者の60歳以上が5割を超え、後継者が「なし」の事業者は83.1%にのぼります。これらがママの頭の中にしかないと、引退の時点で店の資産のほとんどが失われます。台帳になっていれば、家族への引き継ぎでも第三者への譲渡でも、渡せるものが残ります。

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